スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

自分に気を付けんと~高松千鶴の龍馬宛書簡~

諸星美智直『近世武家言葉の研究』 (清文堂出版:2004年)という本をちょっと読んでました。
「第八章 土佐藩主山内豊興の言行録における御意の口語性
 第九章 土佐藩における御馭初の口上
 第十章 武市瑞山文書から見た土佐藩士の言語」
と全二十二章のうち三章が土佐藩関係史料に割かれています。じっくり本を読んでる暇があまり無かったので土佐藩の所だけ目を通した。土佐藩は江戸期を通じて転封・改易無く続いた藩なので史料が良く残っているのです。当時の武士の男性には珍しい、口語体で記された書簡が大量に残っている瑞山の妻宛書簡も取り上げられていました。横田氏の研究も参考にされてますね。へ~『瑞山獄中書簡』で横田氏が後から修正入れてた「存じまいらせ候」は原書だとこういう表記になってるのか。全然そんな風に読めーん(笑)かなりマニアックな内容の考察本ですが、当時の武士はどういう喋り方してたのかな~というような事が気になる人にはおすすめかも。

そして当時の口語というので連想したのが下に記す高松千鶴の龍馬宛書簡。
安政三年秋頃、龍馬が二度目の江戸修行に行った際に受け取った手紙ではないかと推測されています。

えゝと思ふうがのふ、わし所もえゝかげんふじうなけれども、めつニふふしうなどふかむハ。茂太郎さんハ四ばんぶりかよのふ。いやなやまいがやまらねば、どふも石蔵もえゝ参らぬ。おまへも、よふじ有てさぞ/\御まちかね成され候半んと、御さつし申候。おまへも、うたのよんだか、あれは御こし。せん日御まもりあげ候所、とゞき候かどふぞ/\御返事遣わされ度候。
 御らんの末ハ火中々々。
おまへも口よふじよふ、どふぞきう御すへ成され、人ハよんで返々も御すへ下され度候。じぶんニきお付けんと、今ハきおつける人ないぞよ。
   龍馬様   千鶴


高松千鶴は十八歳上の龍馬の長姉。安芸郡安田村郷士・高松順蔵に嫁し、高松太郎(後の小野淳輔/坂本直)、高松南海男(後の坂本直寛)兄弟を生みます。
この手紙には龍馬の兄嫁の弟で、土佐勤王党員でもあった川原塚茂太郎の名前も出てきますね。
瑞山の妻宛書簡と読み比べて男女であまり口調に変化が無いのが意外でした。どちらも「~じゃがのう」、「~ぞよ」と現代人から見るとじじむさい喋り方に見えますが当時はこんなもんだったんですね。
千鶴姉さんは「歌を詠んだら送ってほしい(坂本家は歌会を催す習慣があり和歌好き)」、「送った御守りは届きましたか」と龍馬からの便りを求めています。
また「どうぞきう(灸)を据えなされ」「自分に気を付けんと、今は気をつける人はいないよ」と龍馬の体調を気遣っています。これだけ年が離れているともうお母さんみたいなもんですwこの辺の家族を心配する気持ちは今と変わりませんね。龍馬は小さい頃に実母を無くしているので(継母がよく面倒をみてくれたみたいですが)、お姉さん達も年の離れた弟の龍馬を良く可愛がったのでしょうね。

近世武家言葉の研究近世武家言葉の研究
(2004/05)
諸星 美智直

商品詳細を見る
スポンサーサイト
プロフィール

azoto

Author:azoto
土佐藩についての話題が多め。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
リンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
FC2カウンター
にほんブログ村Ranking
ブログランキング・にほんブログ村へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。