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『幕末斬奸録』感想&『以蔵新伝』完結

『幕末斬奸録』山下白雲(龍文館:1927年)の感想。
内容は一冊丸ごと岡田以蔵の伝記小説。
岡田以蔵の最初の伝記になります。まあ昔の本のことですので、伝記という体裁ですが創作パートも多く内容は小説のようなもの。著者は編術にあたり岡田虎輔、寺石正路、福島成行の三氏より資料提供を受けたそうですが、本書の資料性は微妙。『汗血千里駒』と同類の本ですね。第一章「高知の剣狂少年」の、以蔵が橋の欄干を木刀で叩いていたらうっかり父の腰骨まで打ち据えたという逸話は本当なんでしょうか(笑)

タイトルの印象とは裏腹に、以蔵が最も普通の人として書かれている本です。
山下白雲『幕末斬奸録』→真山青果『京都御構入墨者/人斬り以蔵』→司馬遼太郎『人斬り以蔵』と読み比べていくと、創作上のイメージの変化が辿れて面白いですね。「暗殺」に対するイメージが次第にネガティブになっていくのがポイント。山下氏は以蔵に対する誤解、あるいはネガティブなイメージを払拭したいとの考えもあってこの本を出したようですが…。ただ創作部分というか強調表現というか、事実とは思われない表現も使われており、横田達雄氏などは著書で山下氏に「子孫にいい加減な事を吹き込むものではない」と苦言を呈しておられました。
本書では「人斬りの名人」という呼称が使われており、「人斬り以蔵」の呼び方が創作で使用されるようになったのは真山青果版からのようです。
『維新風雲回顧録』では「天誅の名人」ですね。

瑞山と以蔵の関係について、本書では「以蔵は親身の兄の如く瑞山に傾倒してゐた。瑞山も弟のように以蔵を愛してゐた。だから瑞山に忠告されると、強情を封じて唯々諾々と服し維れ命、維れ従ふといふ風であった」と書かれています。
実際兄弟のように親しかったかどうかは分かりませんが、以蔵が瑞山の親戚と同様の扱いで、かなり親しいグループに所属していた人間なのは確かです。
企画展で似たような言い回しの解説を見たような。これが元ネタかな?
このイメージが以降の小説に引き継がれなかったのは現在以蔵の創作ネタで不当な中傷を受けている瑞山のイメージ的に残念かつ気分の悪いことです。まあ以蔵が仲間に及ぼした被害と瑞山の心痛を無視して両者をただただ仲良しこよしに描かれても、それはそれで何だかな~と思いますが…。
史実はさておき、「小説」として一番面白いのは、やはり司馬版です。テーマ性が明確に打ち出されていて思い切りのいいキャラメイキングがされています。歴史上の人物を創作用のフリー素材として割り切っているんでしょうね。
まあ『人斬り以蔵』は、基本的には普通の人間だった岡田以蔵に対して、相当失礼な内容だったとは思いますが…w
上の「以蔵は親身の兄の如く~」からキャラ変わり過ぎwww
司馬氏の作品ではこれに限った話じゃないんですけど(笑)

そして松岡司先生の連載『以蔵新伝』が完結しましたねー。
参考になった所もある一方で疑問点もあります。子孫の方への配慮も必要な手前、書き辛い所もあったかと思いますが(というか落ちぶれてからの後半はほとんど…)。

参考に以前の記事のリンクを貼っておきます。
◆武市瑞山獄中書簡~以蔵は日本一の泣きみそ~
◆真山青果「京都御構入墨者」・「人斬り以蔵」

最近の連載のツッコミ所はここ。

<51>顕彰 殉難碑にその名はない
無宿人・京都御構入墨者に落ちた以蔵への責めは過酷で、山下白雲によれば、以蔵の両ももは骨と肉が損傷していたという。

これは事実では無いと思いますね~。その理由は「日本一の泣きみそ」の記事に。
拷問を耐え抜いた勤王党員が元気に戊辰戦争に出兵したりしていますし。
ちなみに瑞山の妻の従兄弟にあたる島村衛吉などは、武術には熱心でも学問が苦手なタイプの人で、天誅にも積極的に参加していましたが、死ぬまで拷問に耐え切りました。

以蔵の記事書くのもだいぶ飽きてきたので短くまとめると、岡田以蔵は本質的に弱い人間でした。
凶暴な半面、臆病で心根が弱く、目先の欲望に弱く、頭も弱かった。そういう弱い人間が志士になると最悪どうなるかという事を示してくれる興味深いケースだと思います。

やはり「以蔵は日本一の泣きみそ」の手紙から判明した、以蔵が女性も耐えた拷問に泣き叫んで瑞山の大顰蹙を買っていた件は明記しておいて欲しかった所。
振り返ってみるとここが捕縛後の以蔵に対する評価が地に落ちた決定的なポイントだと思われるので。
というか

<45>親の同意書出されず
半平太は苦しかっただろう。養子に出した愛する実弟を自殺させた悲しさは胸の内にとどめねばならぬ。なのに以蔵はどうか。半平太は妻の富子に「以蔵がよふなものは、誠に日本一のなきみそ」(半平太獄信)と嘆いた。

だけでは一体何の事だかわかりません。
ただちょっとこれは…子孫の方と話し合いながら執筆してると載せにくい逸話だろうな…。

一時は天誅という名の集団リンチで名を上げた以蔵ですが、脱藩し瑞山の監督下を離れた後は、高杉晋作や勝海舟などの元を転々とし、借金や酒色に溺れ身を持ち崩し、強盗まがいの罪状で捕縛され、拷問で自白し土佐勤王党の獄崩壊の端緒となりました。有名な毒殺計画が浮かんだのはこの後ですね。
結局以蔵に毒が盛られなかったのは、かつて瑞山と親密だったため…ということではなく、瑞山が情より義の人だったためでしょうね。瑞山の以蔵に対する情は、同志を巻き込んだ時点でもう残っていませんでした。むしろ感情の上では志操を失い仲間を巻き込んだ以蔵に一刻も早く死んで欲しかったでしょう。以蔵の自白によって激化した尋問に巻き込まれた仲間の中には、瑞山の弟や親しい門弟達もいたのです。
以蔵の着牢時は顔を見ようとしていた辺り、まだ情が残っていたかもしれません。それが最終的に、牢番から伝えられた処刑前の以蔵の伝言を突っぱねるまでになってしまう、そういう書簡から浮かんでくる感情の移り変わりが面白い所だと思うのでそこも押さえて欲しかったなあ。

とりあえず創作にありがちな以蔵が武市先生に尽くした尽くした詐欺で、彼の美化を図るのはもうやめて欲しい。事実関係知ってるとアレは本当に不快極まりない。
生前も死後も「尽くした」どころか足を引っ張ってるだけです。
あまりにも荒唐無稽な創作由来の話を鵜呑みにする人が多いのが現状ですが、『以蔵新伝』によって岡田以蔵の創作物による誤解が少しでも正されるといいですね。
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Re: No title

匿名希望様、こんばんは!

辛口な記事でコメントしづらかったかと思いますが、コメントありがとうございます(笑)
甘口に書こうと思えば書けるんですけどね~。
瑞山&以蔵師弟を巡る事情に関してはほんと色々と複雑な気持ちです…。
調べてる分だけ思い入れはあるんですけどね。あと『以蔵新伝』への反響が薄くてちょっとさびしいですw他の人の感想も読んでみたかったんですけどなかなか無いという。

>こちらも見習いたいたいくらいです^^;
とんでもないです~!地元なのでやはり調べやすいというのはありました。
私も他の方のサイトを参考にする事がありますが、一人でも土佐勤王党好きな人が増えてくれると嬉しいですね!夏休みに高知に来られるんですか?是非楽しんでいって下さいね~。

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