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「検証・龍馬伝説」松浦 玲

『検証・龍馬伝説』松浦 玲(論創社刊:2001年)を読みました。
勝海舟との関わりについては以前触れましたので、今回は司馬遼太郎氏が龍馬に託したイメージの検証について。

まず松浦氏が、とある人に司馬作品で描かれなかった坂本龍馬の史実エピソードを教えた所、聞き入れてもらえなかったという話を前置きして。

同じことが広く司馬遼太郎ファンについて、或は更に広く日本人について、より強く言える。龍馬も「おりょう」も長崎に居て、龍馬と亀山社中が大浦のお慶に救われるという面白さが「歴史」であって、龍馬論専門の諸家が知っている下関と龍馬、私が更に踏込んで惨めな「下関時代」というものを浮かびあがらせようとしているのは、「歴史」ではないのである。
「歴史」は龍馬論専門の諸家や私の側には無くて、司馬さんの側にある。司馬さんと司馬さんの作品を読む多くの日本人の側にある。日本人にとっては私がゴチャゴチャと言っていることは「歴史」ではなく、『竜馬がゆく』が「歴史」なのである。司馬さんの小説は日本人にとっての「歴史」だという域に達しているのである。
日本人は『竜馬がゆく』を読んで坂本龍馬という人物を知っただけでなく、明治維新を知ったのである。大政奉還を知ったのである。(p.6~7)

作者が設定したテーマに沿ってストーリー展開されると何かわかったような気になれちゃうんですよね、出来の良い歴史小説って。
また司馬さんが説得力のある書き方するもんだからさあ…。
以前歴史学の講義を受けた時に教授が、皆が司馬小説を始め歴史創作の数々を真に受ける風潮にキレておられました(笑)

「歴史」だ、と言うのは次のような意味である。曾ての日本人にとって『平家物語』や『太平記』や『忠臣蔵』が歴史であった。琵琶法師が語って聞かせたり、芝居で演じらたりするお話が「歴史」であった。「歴史」とはそういうものである。それと同じように、今の日本人にとっては司馬さんの『竜馬がゆく』や『翔ぶが如く』や『坂の下の雲』が歴史なのである。(p.11)

とはいえ創作を信じ憧れを抱いているのは昔の人も同じだったようです。

司馬は〝庶民〟ということを言う。司馬自身も〝庶民〟である。この庶民というのがなかなかわからなかったのだが、察するところ、非政治的人間、非イデオロギー人間ということであるらしい。(略)司馬遼における脱イデオロギーは、脱イデオロギーのイデオロギーではない。脱イデオロギー党ではない。脱イデオロギーのイデオロギーの普遍化運動をやらない。それほど徹底した――したがって見事な――脱イデオロギーである。それは、まさに一九六〇年代以降の日本に対応しているといえよう。(p.186~189)

一部のイデオロギー人間のために善良な庶民が迷惑を被るのだという考え方に松浦氏は異議を唱え、逆に「人間は、世界的規模で、お互いに迷惑をかけあわないイデオロギーを発明せねば」ならないのではないかと考えておられるようです。

司馬さんは「重い国家」が嫌いだった。(略)敗戦までの昭和国家を司馬さんは憎み通し、その作家的感性において時効にかけることができなかった。(略)日本の近代国家は、日本流の「国民国家」として連続しているのだが、司馬さんの作家的感性では非連続だった。時効にかけて小説にできる時期と、絶対に時効にかからず小説にできない時期とで、切れているのである。(p.307~308)

司馬さんは「本来はフィクションにすぎない思想を現実だと思って短絡反応を起して死んだ人間に、かつて吉田松陰があり、いま三島由紀夫が現われた」という感じのことを書かれているそうです。司馬さんの中では吉田松陰は時効のふるいにかけられ、小説のテーマとして扱う事が出来ても、三島由紀夫は生々しくてダメなんですよ。この世代の人は軍国主義を想起させる類のイデオロギー全般に関しては抵抗感強いでしょうね。司馬さんも陸軍時代に色々と嫌な目に遭ったようです。
『竜馬がゆく』が書かれたのは高度経済成長期。この作品は日本人への応援歌として書かれた側面もあったと思うんですけど、この作品に込められた司馬さんの気持ち、言い方を変えると作為を踏まえた上で目を通した方がいいんでしょうね。
まあ現代的な感覚で格好良く見えるように書かないと誰も昔の人に興味なんて持ちませんからね…。とはいえ創作のイメージがそのまま本人のイメージとして信じ込まれてしまうのもどうかと思うのです。

司馬遼太郎氏は『竜馬がゆく』の中で儒教的価値観も否定しています。

これを絶対のものとして学び、それから踏みはずせば「乱臣賊子」であり、時にしては間違ふこともござ候へば」となる。だからこの時代の学問とは、倫理道徳、みなおなじ型の人間をつくるのが、最高の理想である。「乱臣賊子」ができれば、封建体制はくずれてしまうのだ。幕府、諸藩が、その藩士にやっきになって「学問」をすすめたのは、その理由からである。学問というのは、本当に洗脳になる。幕府の都合のいい人間をうまいように作り出すのが、儒教であった。宗教のようなものだから、同じ型の人間ができて当然である。

龍馬は儒教的価値観から自由で乱臣賊子であったがゆえにあれほど活躍できたのだと言いたいようですが、私はこれは違うと思う。
幕府側の開明派知識人であった勝海舟、横井小楠、また西洋の知識に造詣が深かった佐久間象山などこの時代に活躍した人間は皆、儒教的価値観に基づいた武士の責務を強く意識し、「外国の脅威に立ち向かうため、いかに日本という国の体制を強化するか」という共通の目標を認識していたからこそ、権力闘争を経て一つの国家にまとまる事が出来たんだと思いますよ。
実際龍馬は横井小楠から「乱臣賊子になるなかれ」と釘を刺されています。
龍馬が本当に乱臣賊子だったら今頃ヒーローにはなれていなかったでしょうね。
自由気ままにやってるように見えても、龍馬はいつでも私事より国事、国家の独立の為いかに行動すればいいのか体当たりで学び命を懸けていました。それは龍馬もやはりれっきとした武士だから。だから龍馬も間違いなく日本の英雄の一人なんですよ。
ただの武器商人では決してないんですよ(笑)勿論平和主義っていうのも当然違うな…

私はね、思想ってある意味で『道具』だと思うんですよ。
良い目的のために使えば良い効果をもたらすことも出来るし、無茶な目的のために使えば後々破綻をもたらすというか。人権や今の憲法を支えてるのだってそれはある種の思想には違いないわけですよね。何が言いたいかと言うとイデオロギーに余計な抵抗感を持たずにもっとドライに語られるようになればいいなということなんです。そうやって初めて歴史上の人物の歴史的意義がよく分かるんじゃないのかなあ。
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