スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

土佐勤王党と佐川

佐川町立青山文庫で開催されている企画展『土佐勤王党と佐川』が今日まででしたね。
seizan00.jpg
画像は青山文庫前の道。
JRおでかけネットより本展の説明文を転載。

幕末の土佐藩において、尊王攘夷を掲げて結成された土佐勤王党。2011年は、その結成150年にあたります。盟主の武市半平太、坂本龍馬、中岡慎太郎など主要な人物に焦点が当たることが多く、そのほかの人々については、不明な点が多いのが実情です。同企画展では、県内博物館5館が連携し、埋もれている党員の掘り起こしや、遺品・遺墨の調査を実施、その調査を展示します。佐川町立青山文庫では、土佐藩筆頭家老深尾家の領土であった佐川から土佐勤王党に加盟した人物や佐川近隣の志士たちを紹介しながら、地方から勤王党を考える内容となっています。

この日は電車で行ったのですが、JR佐川駅の改札口には地元のお店などの案内パンフが置いてありました。コンビニ駅から遠い…。

今回は事前に学芸員さんにアポ取って、一時間みっちり解説して貰う事ができました!
最近こうやって一人で来る人が増えてるそうです。
予想外にちょっと土佐勤王党ブーム来てる…?
武市さんが気になる人も増えてるみたいでよかったですね(*´∇`*)
学芸員さんのお話は色々とためになりました。
研究と顕彰はまた別物であるという事を言われた時にはハッとなりましたね~。
あと山内家と佐川を治める土佐藩筆頭家老・深尾家の関係、佐川勤王党の特色を詳しく解説してもらいました。佐川から勤王党員が出た背景には、山内家と深尾家の勢力争いが関係してるんですね~。
土佐勤王党の中でも佐川は佐川で特色があり(これは他の地域の出身者にも言えると思う)、またその中でも個人個人で行動原理に差があったようです。瑞山や虎太郎のように自分の政論を持ってる人もいれば、那須信吾のように「何か行動を起こしたい!」という気持ちだけで脱藩する人もいるというような…。
あと「○○の出典は何なんでしょうね~?」という質問もいくつかしたのですが、そういう○○に●●が載ってるというのは中岡慎太郎館の豊田学芸員が詳しいそうです。
やっぱりこの間もっと質問しておけば良かった…。いや講演後は片付けあるから忙しそうだったし…。「お電話ででも聞いてみて下さいねー」と言われたけどえっいいのかな~遠慮しちゃう~。また機会があったら講演がある時にでも色々聞きに行きます (・・*)ゞ

前回空だった展示スペースに新たに展示資料が増えてました。興味深い内容の那須信吾書簡が二通展示されてました。一方は

文久二年十一月十六日に義父・那須俊平に宛てて書かれた手紙。脱藩後に書かれた手紙のため、差出名も宛名も共に変名を用いている。
豊後岡藩主中川氏の違勅問題に関する内容や攘夷勅諚伝達のため江戸へ派遣された勅使一行に武市半平太を始めとする勤王党の有志が随行した件など、当時の時勢を細々と記している。
また、文中の坂本龍馬と一緒に脱藩した沢村惣之丞について書かれた部分に「当春坂本龍馬同行ニ而内ニ而宿リ亡命仕候」とあり、この文章から龍馬が脱藩した際に梼原の那須家に一泊したことが確認できる。

という展示解説になっていました。これは龍馬の脱藩後の足取りが掴める史料として去年話題になったそうです。
もう一方が今回初公開のこちら。那須信吾の友人の伊藤さんという人に宛てたものだそうです。内容によると文久二年頃の手紙。解説では、

脱藩から約七カ月が過ぎて書かれた手紙には、薩摩藩邸で武市半平太・島村衛吉・松山深蔵に会い酒を飲んだ話や、平井収二郎との親密さ(収二郎が薩摩藩邸に匿われている信吾をこれまでにも訪問していたらしい)、容堂の上洛を待つ意気込みなど、土佐勤王党の面々の晴れやかな日々の雑事や、京での自身の生活の話など、友人や親類を安心させるかのような細やかな内容が記されている。
中でも、脱藩時の心情を「一天万乗のため、国家のため一身をなげうつ機会をのがしたくなかった」と書いており、暗に残してきた家族を心配している。

となっていました。こちらは個人蔵で横田達雄編『青山文庫所蔵資料集1 那須信吾書簡全三巻』にも収録されていません。伊藤さんの子孫の方のお宅で代々大事に保管され、今に伝わったものだそうです。こうして今自分が目にする事が出来るのは有り難いですね。
こっちはおおまかな解説だけで本文の展示は無し。
うう…、内容も読んでみたかったなあ…。
最初の方の“武市半平太”、“嶋村衛吉”だけは読み取れたw

あと毎度おなじみ青山文庫のやたら豪華な幕末の有名人コーナー。
あんまり展示しっぱなしは史料によくないので、もう入れ替えちゃうみたいですけどね。井伊直弼と吉田松陰の史料が並んでるw
そうそう『井伊直弼の攘夷祈願文』というのが展示されていました。
日米和親条約調印後、ペリーが日本から去った後の嘉永七年/安政元年十一月に伊勢神宮へ祈願したもの。外国人が交易に名を借りて皇国日本を犯すことを警戒し、神の力をもって日本を守護することを願っている…という内容になっています。井伊直弼がこの後の安政の大獄で、一橋慶喜擁立派・尊皇攘夷派・幕府内の開明派まで弾圧する事を知っていると、非常に興味深い内容ですね。
あと「青山文庫に土佐勤王党の血盟文がある」というデマが一部で流れているそうで、年何回かこれを聞いて訪ねて来る人がいるそうです。現存するのは『血盟書の写し』のみですよ。

その他、吉村虎太郎の芸術的な筆跡の書を堪能したり、田内衛吉が母とやり取りした獄中和歌集『きたやま時雨』の解説を楽しんだり。
史料一つ一つに想いを馳せていると、しばし時間を忘れてしまいました。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

azoto

Author:azoto
土佐藩についての話題が多め。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
リンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
FC2カウンター
にほんブログ村Ranking
ブログランキング・にほんブログ村へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。